地方衛生研究所の地方独立行政法人化は間違い

 そもそも独立行政法人(以下、独法)は、国の行政をスリム化する際の受け皿として考えだされたものでした。それは、国が行う「企画・立案事務」と「実施事務」とを分離して、「実施事務」の一定のものについては、国家行政組織の外にある別人格のものに行わせるようにしたものです。その際、業務運営の目標とルールを設定し、その結果について評価・改善する仕組みや、自律性・自発性を付与する仕組みも取り入れました。事務・事業の効率化や質の向上のために、民間企業の経営理念や手法が導入され、情報公開もさせるもので、職員の身分は公務員と非公務員がありました。評価は、各省に設けられた運営評価委員会があり、総務省には全政府レベルの評価委員会が設置されました。

 この項、西澤2007 参照

西澤利夫「独立行政法人制度の現状と課題~制度発足から6年を振り返る~」『立法と調査』第267号,117-1282007年.

 

 「お題」は主務大臣からだされ、また法人のトップも主務大臣が決めるが、運営に関しては自律性を与えられる。金は国から一定もらえるが、自助努力することが求められる。また与えられた目標を達成したかどうかも評価される。「自律性」は「自立性」を意味するものではなく、枠をはめられた中で裁量を発揮する、というものです。年度や使途の縛りがない金の使い方、職員の採用などが法人トップの裁量になります。トップや指導層の手腕が問われる、企業的発想の組織なのでしょう。しかし企業的発想といっても、それ自身が発展をめざすものではなく、それは親会社の考えることです。制度設計の考え方のキモは、与えられた中での運営の効率性や透明性にあります。

  

地方独立行政法人(以下、地独法)に与えられる「お題」が「産業振興」というのなら、行政組織のしがらみに縛られずに、素早い経営判断で事業を展開できることになるでしょう。実際、東京都立産業技術研究センターは、産業界の進歩が早い中、直営組織に適用される制約の多い現行の行政ルールのもとでは、成果を挙げるのに限界があるとして、地独法に移行しています。なお東京都は、地方衛生研究所の役割をもつ健康安全研究センターを含めほかにも試験研究機関がありますが、地独法化されたのはこの東京都立産業技術研究センターだけだそうです。

 この項 棚橋2012 参照

  棚橋匡「東京都における地方独立行政法人化」『都市問題』第103巻第10号,2012年,83-95頁. 

 大阪の府市2つの地方衛生研究所を統合し、地独法にするというのは、公衆衛生で培った知識や技術を産業振興へ活かす、という目論見なのかもしれません。産業振興と公衆衛生を車の両輪とした地独法を運営するというものです。確かに技術や人材は揃っています。しかし、それは本来もっていた地方衛生研究所の役割から見れば、まったくの本末転倒でしかありません。それについては、こちらで考察しています。

 

2つの異なる柱があるために、将来、使命が矛盾・衝突する事態が起きる可能性もあります。そうなった場合、どちらが優先されるのでしょうか。よくある「安全・安心」という空疎な言葉を使いながら、産業振興に貢献するのでしょうか。それは公衆衛生行政の敗北にほかなりません。

 

 国の独法の経緯から地独法の行く末を占うならば、独法化したあとは事業・業務を精査して、組織のスリム化が断行されます。一方で、一旦法人化したあとは、次の段階として別の法人と統合して組織そのものは拡大し、全体としての法人数は減らされます。社会的価値を追求する地方衛生研究所が、他の価値を追求する組織と合体することで、いったい何が起きるのか。そうなった時に、果たして地方衛生研究所が本来持っていた使命はどうなるのか、非常に憂慮されます。法人全体としての経営の立場に立てば、お金の工面ができる力のあるところに押し切られ、従属せざるを得なくなる、そんな未来が想像されます。

 

地方独立行政法人法によれば、地独法の定義のなかで、その実施する業務について「住民の生活、地域社会及び地域経済の安定等の公共上の見地からその地域において確実に実施されることが必要な事務及び事業であって、地方公共団体が自ら主体となって直接に実施する必要のないもの」云々としています。つまり地方衛生研究所を地独法化するということは、公衆衛生に関わる検査・調査・研究について、その自治体が主体となって直接しませんと宣言することであり、それはいったい何を意味するのでしょうか。

 

 総務省の『地方独立行政法人制度の導入に関する研究会報告書』(2002年)で、地独法の対象となる業務に「試験研究」が入っているからといって、即、地方衛生研究所を地独法にできると考えるのは、あまりに思慮に欠けるというべきでしょう。私は、独立行政法人制度自体を批判しているわけではありません。地独法化には向き不向きの機関があるのであって、地方衛生研究所を地独法にすることは間違っている、といいたいだけです。

  

行政改革というタライの水を替えるつもりだけが、公衆衛生という肝心の赤ん坊まで捨ててしまうことにならないよう、くれぐれも気をつけなければなりません。

 

2016.1.26