新研究所の中期目標の「新たな事業展開」の変遷

 2016916日、大阪市会では新しい研究所の中期目標など、独法化に関わる議案が提出されました。これら議案のなかで、重要なのは「中期目標」です。

 

議案一覧はこちら

  

地方独立行政法人を設立する団体の長(この場合は知事・市長)は、同法人が達成すべき一定期間における業務運営の目標を定めることとされており、これが「中期目標」と呼ばれているものです。この「中期目標」を受けて、独法人は「中期計画」を定めます。

 

さて、新研究所の構想には、旧来の業務の枠内に止まらずに、新しいことに取り組むべきだとして、産業支援も含まれていました。

 

20121116日に開催された、第17回大阪府市統合本部会議では、松井知事は

「大阪全体の産業にも影響力を出して」いくことを新研究所に求めています。

第17大阪府市統合本部会議議事録  この発言は13コマ

 

2014418日に開催された第23回大阪府市統合本部会議の資料では、企業の地方衛生研究所に対する要望というものを列挙して、新研究所が産業支援することに根拠を与えています。

 資料2-2 大阪の健康安全基盤の充実について  11コマ部分 

 

2014年、医療戦略会議を受けて、新研究所の役割がどのように考えられていたかはこちら

 医療戦略会議を受けた新研究所の役割へリンク

  

2016822日に開催された第5回副首都推進本部会議においても、上山特別顧問は、「本質的に主目的は違うけれども」としつつも、新研究所を産業に貢献させるように主張しています。

 第5首都推進本部会議議事録  この発言は30

 またこの会議では新研究所で充実させる機能として、「学術分野・産業界への支援・連携」欄に「特定保健用食品等への専門的な関与」が挙げられています。

資料5地独)大阪健康安全基盤研究所タスクフォース会議経過報告書

この項は4コマ

 

このように新研究所には、一貫してその役割に産業支援が構想されていました。

 

 ここでは、統合・独法化した新研究所の産業支援が、どのように中期目標に組み込まれたのかをみるため、中期目標の中で、特に「第2住民に対して提供するサービスその他の業務の質の向上に関する事項」のうち3 新たな事業展開」に注目します。大阪府市地方独立行政法人大阪健康安全基盤研究所評価委員会(以下、評価委員会)で検討された資料で、その文言がどのように変化してきたのか集めました。

 評価委員会についてはこちら

 

まず、中期目標の変遷を見る前に、地方衛生研究所に関わる最も基本文書である「地方衛生研究所設置要綱」に書かれた設置目的と業務を確認しておきます。

 

地方衛生研究所を設置する目的はなにか。要綱には、「地域保健対策を効果的に推進し、公衆衛生の向上及び増進を図るため、都道府県又は指定都市における科学的かつ技術的中核として、関係行政部局、保健所等と緊密な連携の下に、調査研究、試験検査、研修指導及び公衆衛生情報等の収集・解析・提供を行うことを目的とする」とあります。

 

一方、大阪府市両研究所を地方独立行政法人化するにあたり、2013年に府市の議会で可決された新研究所の定款に明記された設置の目的は、「健康危機事象への積極的な対応をはじめ、行政機関等への科学的かつ技術的な支援を行い、もって住民の健康増進及び生活の安全確保に寄与すること」とされています。この定款は一応要綱を受けた内容になっていますが、サービスを提供する対象は「行政機関等」と、要綱ではサービスを提供する対象は行政機関であったのに対し、定款では行政組織に限定しないとの含みがあります。

  

さらに行うべき業務は、要綱では「公衆衛生に係る調査研究、試験検査及び研修指導並びに公衆衛生情報等の収集、解析、提供」であり、一方定款では、「公衆衛生に係る調査研究、試験検査及び研修指導並びに公衆衛生情報等の収集、解析、提供」となっています。両者の差はわずかですが、定款では「公衆衛生情報等の収集、解析、提供」の他にも何かあるとの含みが見えます。

  

参照:

 地方衛生研究所の機能強化について

 地方独立行政法人大阪健康安全基盤研究所定款の制定について

 

以下、評価委員会の作成した中期目標の変遷です。

  

201373日、平成25年度第1回評価委員会

 資料6中期目標(素案)

 「地域ニーズの把握に努めながら、公衆衛生関連の事業者等に対し、依頼試験、委託研究、共同研究、精度管理、研修などを実施することで、研究所の持つ技術・知見を提供し、地域の公衆衛生レベルの底上げを通して、住民の健康増進及び生活の安全確保に寄与するように努めること。」

 ○定款の行政組織に限定しない含みを受け、「公衆衛生関連事業者」という表現でサービスを受ける対象の枠が広がっています。

  

2013827日、平成25年度第3回評価委員会

 資料1中期目標(素案)修正前後対照表

 「法人化を契機とし、より幅広い視野から、研究所の有する人的、物的な資源を活用して、公衆衛生行政の実施主体である自治体や、産学官関連機関等に対し研究所の持つ技術・知見を提供し、住民の健康増進及び生活の安全確保に寄与するように努めること。」

 ○「公衆衛生事業者」という曖昧な表現から、「産学官関連機関等」とより明確に産業を支援する表現になり、民間企業もサービスを受ける対象として明記されました。

  

ここで作成された中期目標は、201312月に大阪府議会で採決されます。しかしその後、感染症法の改正・施行、大阪市会での大阪市立環境科学研究所を廃止する条例案など可決時の附帯決議、知事・市長の答弁など、研究所のあり方に関わる環境の変化があったとして、それらを中期目標に反映させるために検討が行われました。評価委員会は2015年度には開催されず、2016年に再開されます。

 

参照:

 ・平成28年度第1回大阪府市地方独立行政法人大阪健康安全基盤研究所評価委員会

 資料3 中期目標(案)の策定

 感染症法の改正・施行

 

2016628日、平成28年度第1回評価委員会

 資料3 中期目標(案)の策定

 資料4 中期目標(案)(修正文案たたき台)

 「府市研究所の統合を契機とし、西日本の中核的な地方衛生研究所として、健康危機に関わる情報収集や発信機能の充実強化を図るとともに、情報解析機能を培い、疫学調査などへの取り組みを涵養すること。また、研究所に新たな人的及び物的な資源を確保して公衆衛生行政の実施主体である自治体や保健所に対し、研究所が有する技術及び知見を提供し、住民の健康増進及び生活の安全確保に寄与するように努めること。

 新たな事業展開にあたっては、地方衛生研究所としての機能に支障が出ないよう十分配慮すること。」

 ○このとき産業支援に関わる文言は消え、さらに充実強化するのは公衆衛生の機関としてであり、加えて新しく事業を展開するにしても、地方衛生研究所としての機能に支障が出ないように配慮するよう求めるなど、公衆衛生側の立場に徹した内容になっています。ところがこのような公衆衛生的立場は直ぐに撤回されます。

  

2016727日、平成28年度第2回評価委員会

 資料3 中期目標(案)(修正文案)

 「府市研究所の統合を契機とし、西日本の中核的な地方衛生研究所として、健康危機に関わる情報収集や発信機能の充実強化を図るとともに、情報解析機能を培い、疫学調査などへの取り組みを涵養すること。また、必要な人的及び物的資源を確保して公衆衛生行政の実施主体である自治体や保健所に対し、研究所が有する技術及び知見を提供すること。さらに、人材育成においては自治体のみならず、学術分野、産業界との連携も図ること。また、産業界に対しての専門性に基づく相談機能の拡充を図ること

 新たな事業展開にあたっては、地方衛生研究所としての機能に支障が生じないよう十分配慮すること。」

 ○ここでは産業界との連携や、産業界に対してもサービスを提供することが明確に打ち出されています。このように「産業支援」という業務は、一旦は消えたものの、結局は復活して中期目標に明記されたのでした。「新たな事業展開にあたっては、地方衛生研究所としての機能に支障が生じないよう十分配慮すること」という一文は残されています。しかし根本問題として、新研究所が地方独立行政法人であり、調査研究のための資金を外部から調達してくることが求められる環境で、金のある産業界との関わりがどのようになるのかと考えると、将来にわたりこの一文がどこまで効力を発揮できるかは未知数です。

  

この中期目標が9月16日に大阪市会に提案されたものです。 

2016.10.1