2012年6月5日に開催された第13回府市統合本部会議で、公衛研と環科研の統合は「独法化・非公務員型」という基本方針が決定されたわけですが、その後の動きはどうだったのでしょうか。
同年9月4日に開催された第16回本部会議の議事録を見ると、両研究所は法的な縛りもなく1年前倒しで平成26年度から統合・独法化するように、との大嶽特別参与・上山特別顧問の発言がありました。この会議では、環科研の環境部門をどうするかに議論が集中しますが、結論は出ず、市長が考えるということで終わりました。
11月1日に、府市の職員からなる統合準備協議会が設置されて、6分科会(感染症、食品衛生細菌、食品衛生化学、環境衛生、情報発信、総務)が設けられました。各分科会では検査法を統一したり、共同研究のための研究費を申請したり、ということが行われました。総務分科会では、独法化に伴う移行費用の予算についての調整、人事・給与制度の構築に向けた基礎情報の共有や検討、定款及び法人評価委員会設置規約素案についての協議や調整などがおこなわれました。
●11月16日に開催された第17回統合本部会議では、その後の作業が公衛研の山本所長に一任されます。さらにこの会議では、大嶽特別参与から、新たに府市統合本部の下に設ける医療戦略会議についての説明がありました。同会議は、大阪には医療資源や学術・研究機関が集積しているので、関連産業の振興と府域の医療レベルの向上や健康増進にそれらを活かす方策を、戦略的に検討することを目的とする、というものでした。
「資料1 『医療戦略会議(仮称)』の設置について」第17回統合本部会議資料
大嶽特別参与からは、医療・健康関連施策を精査し、「将来を見据えた現行の保健医療行政のあり方をもう一度検討し、大阪府、大阪市の医療健康のアセットの価値を上げていく方向づくりを検討」するとの説明がありました。このあとの議論では、小西副知事からは、既に進めている国際総合戦略特区との整合性をとるため、調整をするようにという意見がでました。橋本市長からは、現在医療対策協議会はあるが、それとは別に保健医療行政のあり方の提言も欲しいとの要望があり、さらに綛山副知事からは、現行の保健医療制度もあるが、会議ではあるべき議論をして、国も含めた法制度を変えるメッセージ出すこともありうる、などと現行制度の変更も視野に入れるような考え方が出ます。これに対して大嶽特別参与は、既存の仕組みをある程度超えた、大阪がよくなる制度のあり方を検討し、国に提言することも考えている旨の発言がありました。上山特別顧問からは、大阪の地域戦略として、次の中核となる産業をどうするかを考えるべきで、医療は優位性がある。医療関連でサービス業も含めた産業戦略の方法が見えつつあり、特区などを使って、大阪府民に先端医療を提供し、実験データを集めるなどするなら、一石三鳥ぐらいの意味があり、行政が旗を振る意味はあるとの意見が出されました。こうして、同会議は、2月の府議会・市会で審議の上、4月の設置で準備が進められることになったのでした。
第17回本部会議議事録,2~4コマ
第17回の本部会議のあと、大阪府議会では2013年2月21日に、大阪市会では翌22日に、公衛研と環科研を統合・独法化した新しい研究所の定款と評価委員会共同設置に関する議案がそれぞれ提出され、府議会では3月22日に、大阪市会では3月1日に可決されました。
●一方、医療戦略会議は、4月23日に統合本部の下に設置され、会長に上山信一特別顧問が、副会長に大嶽浩司特別参与が就任しました。
医療戦略会議のサイトはこちら
同会議に対して、大阪府知事・大阪市長の連名で以下のことが諮問されました。
少子高齢化、生産人口の減少で経済成長への影響懸念される現状があり、また医療・介護などの社会保障の仕組みを持続可能にすることが重要であるとしたうえで、医療・健康づくりに対する府民のニーズは増大・多様化しており、大きな潜在的需要がある。これに対して、大学・研究機関、ものづくり企業、多様な医療機関などの資源が集積している大阪の強みを活かし、社会の課題を解決しつつ、成長分野を核にして大阪経済の持続的成長を実現することが求められている。このような背景があるなかで、「医療・健康づくりサービスの向上と関連産業の振興方策について、現行施策を点検しながら、従来の大阪府・大阪市という行政主体や医療施策と産業施策等の分野の垣根を越えた総合的、戦略的な観点から、貴会議の意見を求めます」
同会議は2013年度内に9回会議が開催され、提言をまとめたあと2014年4月1日に廃止されました。
この会議で公衛研・環科研の関係で注目されるのは、第1回から第3回です。
4月23日の第1回では、森下竜一委員から、自らも委員を務める国の規制改革会議では、「健康食品」について新たな機能性表示制度を作る動きがあることが報告されました。そしてこの制度を前提に、関連する第三者認証機関の受け皿を大阪で作るべきだ、という提案がなされます。
「資料7 医療戦略会議」第1回医療戦略会議資料
第1回医療戦略会議はこちら
●6月7日に開催された第2回医療戦略会議では、5月27日に、府知事・市長連名で
「いわゆる健康食品の機能性表示に係る制度改革について」と題して国に対して要望したことが報告されます。その内容は以下のようなものでした。
現行制度ではカバーしていない健康食品について、その機能を表示する制度を創設する必要性を述べ、そうすることで、消費者は効能を確認して健康食品など、安全に活用でき、健康食品産業の育成や振興、さらには輸出促進にもつながる、としています。現在大阪では、医療・健康サービス関連分野を成長分野と捉えた関連産業の振興策を検討中であるとして、次のような施策を講じるよう求めました。
①国の制度として、第三者機関によって「いわゆる健康食品」を適切に評価し機能性表示を認証する仕組みを早急に構築すること。
②それは科学的基盤の上になされること。
③第三者機関は、既存資源や立地条件を活かして大阪に設置すること。
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「資料1いわゆる健康食品の機能性表示に係る制度改革についての要望について」第2回医療戦略会議資料
このようにすでに動き出している国の規制改革に呼応して、大阪から歩調を合わせていく動きもありました。またこの会議では、他の研究所とともに、公衛研・環科研も紹介されていて、「今後に向けての視点」としては、両研究所は2014年に統合し独法化に向けて準備しているとあります。さらに特別用途食品(特定保健用食品を含む)の許可試験について、環科研では現在すでに実施中であり、新法人でも「『公衆衛生に係る試験検査』の一つとして実施予定であるため、これまで蓄積した栄養成分に関する分析のノウハウを活用することができる」としています。
「資料3-2 府市の研究所の概要」第2回医療戦略会議資料
また、同会議では森下委員から、いわゆる健康食品に機能性表示を認める方向が明らかになっているが、その認証機関を梅田北ヤードに新設して、ヘルスケア関連産業の集積を図るべきだという提案もなされました。
「資料4 森下委員提出資料」第2回医療戦略会議資料
●7月12日に開催された第3回では、公衛研の山本所長がゲストスピーカーとして登壇し、公衛研と環科研が統合・独法化してできる新しい研究所についての説明がありました。
公衛研と環科研は、研究評価指標でみると、地研の中では1、2位という実力をもち、調査・研究・分析能力を有している。公衆衛生分野の業務は重要であり、その本来行わねばならない業務を行ったうえで、「これをさらにもう一段活用出来る方向へ持っていくことが課題」で、それがトクホ分野だ。現在、環科研はトクホの許可試験を実施できる登録試験機関であり、「新研究所は、特保成分・栄養成分の分析技術を活用して、食を通じた健康増進に寄与できる体制を備えている」のだと、アピールしました。
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第3回医療戦略会議議事録,25~27頁
「資料3 医療・健康づくり関連分野の新産業育成にかかる新研究所の果たし得る役割について」第3回医療戦略会議資料
●2014年1月10日に開催された第9回会議で取りまとめられた提言は、大阪の現状認識とその課題解決方策について、以下のようにまとめられています。
大阪府民は寿命が短く、高齢になると病気が多い。高齢者の医療費はかさみ、医療費の負担は重い。保険財政は破綻寸前であり、府・市の財政にも限界が見えており、このままでは厳しい状況となる。しかし、医療資源には恵まれていて、医療人材と学術研究機関、中小を含む高い技術力持つ製造業も集積している。だから大阪は、次のようなことを実行することで、他地域に先がけて新たなサービスや変革を実証できる。
①府民が意識と行動を変える
②民間医療機関などが一層力を発揮し、サービスを提供
③学術研究機関と企業が連携し、医療関連産業で優位に立つ
④あらゆる生活関連産業が、超高齢社会向けの製品やサービスを開発する
⑤行政はその環境整備を急ぐ
こうして医療費を効果的に管理する一方で、イノベーションにより府民の健康寿命を延ばし、経済成長を同時に実現する、という提言がなされたのでした。[97コマ]
この提言のなかで公衛研・環科研に関係するのは、「戦略目標の設定」のなかの「第4目標」として挙げられた、「健康寿命の延伸と経済成長を同時に実現する新たなヘルスケアシステムの構築による先進モデルを広く他地域や海外に展開し、将来の大阪の成長戦略の拠りどころとする」、というところになるのでしょうか。[106コマ]
『医療戦略会議提言』2014年.
◆このように、2014年には府市の医療戦略という大きな方針が登場し、そのなかで、いわゆる健康食品に関わる新しい制度の創設を国に求めつつ、公衛研・環科研を統合・独法化した新しい研究所は、その制度の一翼を担う機関として位置づけられたのでした。
●国の規制改革会議では、いわゆる健康食品に関する新しい表示制度が検討され、2013年6月5日の同会議の答申に「一般健康食品の機能性表示を可能とする仕組みの整備」が書き込まれます。これを受けて6月14日に閣議決定された「規制改革実施計画」では、「『健康長寿社会』が創造する成長産業としての健康・医療関連産業の健全な発達及び我が国の医療技術・サービスの国際展開による国富の拡大」として、3番目に「一般健康食品の機能性表示を可能とする仕組みの整備」が挙げられました。そして「食品表示法」が改正されて「機能性表示食品」制度が創設され、同法は2015年4月1日から施行されています。
国の規制改革会議についてはこちら
この機能性表示食品制度については、次の論文で設立経緯や概要がまとめられています。
○齋藤綾音「第3の制度『機能性表示食品』の概要と課題」『立法と調査』第368号,2015年.
○中尾祐輔「機能性表示食品制度の創設経緯と制度概要」『明日の食品産業』第458号,2015年,16-22頁.
2016.5.11