地方独立行政法人化への道

 2012年の第13回大阪府市統合本部会議で地方独立行政法人化が既定路線になりました。しかし、その方針決定過程は不透明です。

  

公衆衛生研究所と環境科学研究所(以下、公衛研・環科研)の統合後に設置される地方独立行政法人(以下、独法)の定款議案が、大阪府議会で審議されていた20132月の定例会で、独法化の経緯を問われた高山佳洋健康医療部長は、20126月の統合本部において、研究所の統合後、独法化することを基本として検討することになったと説明しています。

 

2013228日、大阪府議会20132月定例会本会議

議事録検索はこちら →  大阪府議会議事録検索

  

つまり20126月に開催された第13回大阪府市統合本部会議を起点として、両研究所の統合・独法化が動き出したのでした。ではこの第13回の会議以前には、経営形態や独法化はどのように検討されたのでしょうか。本部会議資料と議事録から探ってみます。

 

●20111227日、大阪府市統合本部が設置されました。同日に開催された第1回大阪府市統合本部会議(以下、本部会議)の会議資料をみると、統合本部の役割として制度設計があり、それには大都市制度と広域行政・二重行政に関わるものが掲げられていました。後者にはA項目に経営形態の変更として、地下鉄などの交通関係、水道、病院、大学、文化施設、一般廃棄物および消防などがあり、B項目には統合による効率化やサービス向上を目指すものとして工業系研究所や公衛研・環科研が例として挙がっていました。公衛研・環科研は、二重行政を解消するため、統合を目指して検討するというだけで、ここでは経営形態については触れられていません。

 大阪府市統合本部事務局 「大阪府市統合本部について」1回会議資料,2011年,3コマ,15コマ目.

 

このように公衛研・環科研は、「府市で類似・重複している行政サービス」として、当初から統合による効率化やサービス向上めざすというB項目に入っていたのですが、B項目とされたものは、過去の府市の連携協議で議論がなされた事業でした。 

上山信一「府市事業の統廃合と経営態の見直しについて〜現時点での考察〜」6回会議資料,2012年,2コマ目.

 

 

 

「府市連携協議会」を含め、「府市統合本部」登場以前、公衛研・環科研のあり方がどのように検討されていたかについては こちら

 

 

●2012213日に開催された第6回本部会議の資料では、府市で類似・重複する法人や施設を抽出し、そのあり方を検討するB項目先行リストの中に「公設試験施設」があり、工学系研究所とともに公衛研・環科研が挙げられています。そこでは検査・研究機能のあり方や経営形態などについて整理分析し、あるべき姿を検証するものとされました。ここで、経営形態についても検討するとなっていました。スケジュールは、府市カウンターパート及び統合本部による検討が、4月初旬に「論点整理」、6月に「方向性」となっていました。

 大阪府市統合本部事務局「『広域行政』の一元化に関する今後の進め方について」6回会議資料,310-11コマ目.

 

●その後の58日に開催された第10回本部会議資料では、B項目を検討するなかに、公衛研・環科研が挙げられ、業務の民間移転の可能性や「選択と集中」、統合のあり方、統合の範囲が検討されたことがわかります。両研究所の対象とする分野を比較し、分野別にタスクフォース(TF)を設置して、そこで業務内容の異同を確認し、業務別の使命を明らかにし、統合による発展の可能性・業務の効率化を検証するとあります。しかし、ここでは経営形態を変える独法化の話はでてきていません。同年2月から4月にかけて、TF会議や外部委員ミーティングという会議が幾度も持たれていることも記されています。業務に関する検討も分野ごとに作業班が作られて、大まかな話から分野ごとに踏み込むなど一歩進んでいることがわかります。

 大阪府市統合本部事務局「類似・重複している行政サービス(B項目)論点整理」10回会議資料,2012年,20-21コマ目.

  

●このときの議事録によれば、統合の方向性は一致したが、その場合の業務の整理や、施設の老朽化をどうするかに課題があるとされました。またこの会議の席上で上山信一特別顧問は、研究所を他の保健医療機関と併せて大きな括りで見てはどうか、あるいはガバナンス的見方をB項目に入れるべきだとして、より広い視点から見るよう促しています。 

「第10回大阪府市統合本部会議」2012年.

 

以上のように、元々府市で共通する機関についてその連携が検討されてきていて、統合本部が設置されたあと、それが引き継がれてB項目とされ、統合が検討されるようになったのでした。そして第13回以前の本部会議では、公衛研・環科研の統合についての意見の一致はありましたが、経営形態については検討することになっていて、具体的な方向性が決まっていたわけではなかったのです。

 

65日、大阪府咲洲庁舎咲洲ホールで開催された第13回本部会議は、公衛研・環科研が主題の一つになった会議でした。

 

●まず、資料1-1で公衛研・環科研の所長による現状分析、担当分野の比較など両研究所の概要について報告がありました。そのなかで経営形態について言及した部分は、経営形態の方向性としてある部分で、①直営で統合、②独法の共同設置および③大学附属機関の3種を示しています。

 資料1 公衛研×環科研TF(B項目)報告資料「府立公衆衛生研究所・市立環境科学研究所~現状分析と方向性~」13回会議資料,2012年.

 

●ついで資料1-2では、府市統合本部特別参与による、統合した新しい研究所の業務・組織の説明があり、そのなかでいくつかの事業を例示して業務の選択と集中を行うことや、組織構成の提案がありました。組織構成としては疫学情報解析、「食品安全」および健康危機管理の3分野があり、「食品安全」の中には、「大阪スタンダードの創設」として、「厚労省トクホを凌ぐ大阪トクホ」というものを掲げています。さらに経営形態として直営、独法および大学附属機関3つの形態についてメリット・デメリットが比較され、新研究所を地方独立行政法人化することを提案しています。このなかで、独法にはデメリットはないとされていて、独法化による発展可能性が謳われています。つまり、府市を統合した新しい研究所は、その経営形態として独法化を選択するよう強く推す内容となっていました。独法化によるマネジメントの自律性、経営の柔軟性を得ることで、研究機関としての機能を強化できる可能性がある、としています。

 資料1-2 大阪府・大阪市特別参与木谷哲夫、同大嶽浩司「府立衆衛生研究所・市立環境科学研究所『統合に向けた提案』~大阪公衆衛生研究機構(仮称)がめざすもの~ ―住民健康安全・安心の最大化―13回会議資料,2012年.

 

●さらに資料1-3として、「特別参与所見メモ」というものもありました。この「特別参与所見メモ」が作成された理由は議事録を見ると分かり、木谷哲夫特別参与の発言のなかに、本来はタスクフォースとして一本化したかった、つまり資料1に入れたかったのだが、意見が一致しなかったので別の資料にしたとあります。[議事録:4]

 

この資料は、業務を見直して「選択と集中」することや、人事と予算の弾力化の必要性が主張され、そのためには独法化すべきだとしています。独法化について、地方衛生研究所(以下、地衛研)の業務は「役所から委託を受けて検査するだけですので、役所にアドバイスをすると、そういう契約をすれば、役所自体がやる必要はない」と議事録にあります。[議事録: 5-6]

 

特に注目すべき内容は、過去に独法化が検討されたものの現状維持という結論となったが、当時課題とされた4点について今回検討し、それらの課題を論破しているところです。

 

①公権力の行使に関わるという点については、公権力の行使は役所が行い、その行政判断に必要な検査・意見を外部組織が役所に報告する契約にすることで可能だ、としています。

 

②地衛研はすべて役所が直営しているという点については、地衛研の制度自体、全国的にみると存続が困難なところもあり、今後見直しが必須になる、として独法化を正当化しています。これは、行革で縮小化されてきた全国の地衛研に対し、その解決策として独法化を提示するものなのでしょう。

 

③効率化を重視すると、健康危機管理への対応が不安だという点については、独法も行政機関の1つの形態であり、「効率化を重視したからといって健康危機管理ができなくなるというわけではない」、としています。健康危機管理への対応が不安なのは、独法が効率性を追求する組織だというだけでなく、連携すべき行政と別の組織になることで、一体となって対応しないといけない時に隘路となる可能性があるということについて、この「解答」は答えていません。

 

④国の機関、地衛研、保健所との関係が分断されるという課題については、組織の形態と他機関との連携は関係ない、としています。

 

このように次々と論破して、「これはしたがって、独法化、過去検討されて否定的な結論が出ているんですけれども、これを今回、本気で検討すべきだというふうに考えております」、としています。

 独法化の是非を議論するために中核となる資料は、意見が一致しなかったため報告書に入れられない「メモ」として説明されていました。なお、意見が一致しなかった中身については、明らかにされていません。

 資料1-3「府立公衆衛生研究所・市立環境科学研究所(特別参与所見メモ)」13回会議資料,2012年.

 

●この会議ではこのほかに、独法化するにあたっての課題に関する資料3もありますが、独法化の対象業務に「試験研究」があることを確認して、内容は工業系研究所に関わるものであり、公衛研・環科研に関してはありません。

 大阪府市統合本部事務局「地方独立行政法人制度に係る法的課題」13回会議資料,2012年.

 

13回本部会議では、公衛研・環科研の研究所としての現状把握を説明する資料や、統合後の新しい研究所のあるべき組織機構や業務を示す資料、さらに独法化を強く勧める資料が用意されて、独法の利点だけが縷々説明されたのでした。

 

●一方議事録を読んでいくと、同本部会議では、突然、独法化の方針決定に至っているのが分かります。

 

公衛研の所長が、大学にいた者からみれば大学でやる研究と地衛研でやる研究には、違いがあり、地衛研の存在意義は非常に大きいと発言したのに対して、上山特別顧問は、所属長が話をすると現状維持になると批判しました。[9]

 

さらに上山特別顧問は、公衆衛生分野を戦略分野と捉えるなら、「こういう機能というのは、ひょっとすると、投資して、地域全体の医療産業のインフラの1つして前向きに考えられるかもしれない」ので、大学と連携などするのなら、積極的な意味で独法化すべきだと発言します。そうでないなら、「単なる維持管理の機能なので、あえて独法化する必要もなく」、必要最小限の数を公務員で残し、あとは徹底的に外注して、たとえば職員は数人の組織にして、現業的な作業は徹底的な民営化をする、「このどっちかじゃないかなという気がする」という発言がでます。[910]

 

このあと、木谷特別参与や上山特別顧問が、業務は外注して品質管理をすればよいのであって、どんどん民間へ出すように、といいます。[10]

 

これに対して公衛研の企画総務部長からは、公衛研がしているレベルまでできる民間は、まだ育っていないのではないかと発言しますが、それに対して上山特別顧問からは、設備がなければできない種類の難しいものもあるとしつつも、日常的な検査はそれほど難しくないと聞いているので、民営化[外注]の余地はたくさんある、といいます。一方上山特別顧問も日常業務の重要性には一定の理解を示し、今回の会議資料に経験科学のような分野が表現されていれば、前向きの戦略もできるのであり、資料には公衛研の持つ本来のポテンシャルが可視化されていない、ともいっています。しかし主旨としては、業務をできる限り外注して小さな組織にする、あるいは公衛研・環科研の機能を「戦略的」に地域全体の医療産業のインフラと捉えるという見方が示されます。[10-11]

 

木谷特別参与からは、トクホの領域は金になる、「大阪の産業に対する提供価値というのが、はっきりと定義できる」との発言もでます。[14]

 

このあと、健康危機管理の体制はどうあるべきか、そこを押さえる必要がある、とか、日常の府民の安全安心を守る機能として保健所があり、そのセンター機能として公衛研があるのであり、健康危機管理だけでなく、その点を含めて民間委託や研究機能を考えるべきだ、という意見が出されたあとに続いて、橋本徹市長が突然話の流れを変えます。市長は、独法化が嫌なときに必ず公権力の行使という理由を出すのだ、知事がよければ非公務員型を前提にして独法化を軸に考える、と提案します。これに対して松井一郎知事も同意し、木谷特別参与は独法化が基本です、と念を押し、橋本市長の独法化と非公務員型というものを軸に、との発言であっけなく方向性が決定されたのでした。このように経営形態の選択肢として、独法化の利点の説明はありましたが、それに関しての議論は行われなかったのです。[16-18]

 

「第13回大阪府市統合本部会議」13回会議資料,2012年.

 

これまで会議の内容を見てきましたが、会議資料や議事録からアドバイザー(特別顧問・特別参与)の胸中を推測してみると、以下のようになります。

 

組織の活性化・発展には新しい分野を開拓する必要がある。新しい「社会的ニーズ」として、トクホが登場している。現在、両研究所ではほとんど扱っていない(年間試験・検査件数は微々たるもの*1)が、今後この方面を開拓して大きくすれば、研究所は発展し、大阪という地域の発展にも貢献できる。それには、現在の人員配置・資金割振りを大幅に変える必要があり、そのために独法化して柔軟に対応できるような組織にする。

 1

 公衛研×環科研TF(B項目)報告資料立公衆衛生研所・市立環境科学研究所~現状分析と方向性~」13回会議資料,2012年,7コマ目.

 

 のようにみてくると、第13回本部会議は、公衛研・環科研が集中的に検討された重要な会議でしたが、あり方に関わる意見もだされたものの首脳陣は聞く耳を持たず、独法化についても議論があったわけでもなく、最初から非公務員型の独法化という方向性が既にどこかで決まっていたようです。58日の第10回本部会議から65日の第13回本部会議までの間にどのような経緯を経て決定されたのか、私の調べた限り公開されている資料ではたどることはできません。このわずか1カ月の間に、新研究所は「非公務員型の地方独立行政法人」という方向性がどこかで固まり、第13回本部会議はそれを追認するためのものに過ぎず、単に手続きを踏んだだけでした。方向性が決まった後は、その着地点を目指して進むだけになりました。

  

 

統合本部関係資料は以下のところでまとめられています

 大阪府市統合本部について

 

2016.4.24