加工食品を原因とする健康危機管理事例

食品による健康被害といえば、細菌やウイルスを原因とする食中毒が思い浮かびます。実際にもそうした事例が数多く発生していますが、ここでは加工食品の問題として取り上げます。というのは食品が工業的に大量生産され、広く流通することで、規模の巨大化や問題の広域化が起こっているからです。規模の大きさや、国際化を反映した、過去の特異な事例を挙げました。

 

 

2000年、雪印乳業食中毒事件 (準備中)

2008年、中国産冷凍餃子事件

 

 

 

◆中国産冷凍餃子事件◆

2008年に起きた中国産冷凍餃子事件は、製造段階で意図的に農薬が混入されたことで、健康被害が起きたものでした。しかしこの事件はさらに発展して、加工食品の残留農薬問題や、その判断基準についての食品衛生法の問題点を明らかにすることになりました。この経緯に関して、大阪市立環境科学研究所の分析担当者の「解説」があります。

 

参照:

山口之彦「中国産冷凍ギョウザへの農薬混入事件がもたらしたもの――分析に携わった立場から」『生活衛生』第52巻第4号,2008年,215-220頁.

 

2007年末に千葉県で、年明けの1月には兵庫県で、中国産冷凍餃子が原因と考えられる健康被害発生した。原因と疑われた食品は、同一時期に輸入された、同一製造者のものとわかり、兵庫県警が原因究明にあたった。その後さらに千葉県で1事例が発生した。これら3件は、有機リン系農薬メタミドホスが混入していた、同一時期に輸入された、同一製造者の商品が原因だったと判明した。この問題に対しては、関係機関、関係事業者による消費者への注意喚起、販売中止、回収などの措置がとられた。こうして問題は収束するかにみえたが、その後各地で事業者の自主検査や行政側の検査で、別の食品・別の有機リン系農薬が検出される事態になった。これらは検出された農薬の濃度は低く、問題の発端となった3事例とは異なり、故意の混入よりも残留農薬の可能性が高いと考えられた。

 

このとき大阪市では環境科学研究所が分析を担当した。事件の発端となった冷凍餃子の商品名の公表で、市民から多くの相談が寄せられ、症状があった場合は残品の検査が行なわれた。また回収対象の事業者が大阪に6社あり、商品があれば収去して分析を実施した。このような回収対象や市民から持ち込まれたのは、冷凍餃子ばかりでなく別の加工食品もあった。また分析が進むにつれさまざまな農薬が検出され、最終的に有機リン系農薬45種類を分析項目とした。

 

残留農薬については、適否の判断は食品衛生法の基準による。2006年に食品衛生法が改定され、農薬等の違反の判定方法が変更になった。しかし、加工食品に基準が設定されているのは一部だけで、その他は原材料の比率から算出した濃度を、原材料の基準値と比較して違反の有無を判断することになっている。ところが、加工食品の原材料は複雑で、その配合割合も多くは不明であり、基準の適用は困難である。加工食品から農薬が検出されても、判断基準がないことになるのだ。こうして今回の冷凍食品問題は、食品衛生法の問題も明らかにした。

 

分析方法についても問題があった。最初に検出されたメタミドホスについては、厚生労働省から示されていたマニュアルは、高濃度の試料に関するもので今回参照するには不十分であり、加工食品に適用できるかどうかは検討が必要だった。しかしその時間はなく、各分析機関はそれぞれさまざまな方法で分析したことだろう。やがてこの問題に取り組むなかで、別の農薬も検出されるようになった。検出される可能性のある農薬が増えたことで、分析方法も変える必要があった。ところがメタミドホスは他の農薬と一緒に行う一斉分析には向かないので、できるだけ効率的に行えるよう分析方法の改良もおこなった。

 

この事件は、従来実施されている農産物ばかりでなく、加工食品についても農薬分析をする重要性を明らかにし、また食品衛生法の問題点も浮き彫りにした。この事件を経験して、検疫所や地方衛生研究所では加工食品の農薬分析に取り組み始めている。

 

 

●さて、中国産冷凍餃子に農薬が混入されて健康被害が発生し、その後加工食品の残留農薬問題に派生した経緯をみてきました。それは、各地で市民への不安に対応して多くの食品を検査するなかで、当初の問題とは別に、加工食品の残留農薬の問題が広く知られるようになったというものでした。さらに既存の食品衛生法の盲点になっていることも明らかされました。以下このほかに、検査を担当する地方衛生研究所を中心にした視点で、12指摘しておきたいと思います。

 

ここで見た「解説」には、マニュアルにない事態に対応するには、「既存の方法を応用し、改良するだけの経験と知識を日ごろの検査の中で養っていくのも重要」だと、書かれています。つまり日常的活動こそが、緊急事態に対応する力を養うものだと主張されているのです。非常時に対応するのは、地道な日々の活動の積み重ねなのだ、ということです。このような日常的活動は、現場の担当者にある程度の自由度や時間的余裕がなければ無理な話です。加えて能力を養うには時間もかかります。つまり突然起きるマニュアルのない事態に対応できる応用力は、短期的な「効率性」や「成果」が強く要求されるような環境では育ちにくいのではないでしょうか。

 

ところで、輸入食品の検査は検疫所で実施していることは、一般によく知られていると思います。しかしここに示したように、各地ですでに流通しているものについては、地方衛生研究所でも調べていることは、ほとんど知られていないかもしれません。

 


2012.10.26